ADHD ホッファー先生のケースレポート・・・11歳男子。ひどい砂糖への渇望および機能性低血糖症
ケース101
L.W.は1959年4月生まれで初診は1971年3月。自分が怠け者で、白昼夢に耽っているので、学校で問題になっていると言った。第5学年では成績Bの生徒だったが、6年になると、多動と死んだように受動的になる状態が交互にやってきた。何年にもわたってより多動になり、ひどい砂糖への渇望があった。母親は息子の症状、特に頭痛は低血糖発作に類似していると考え、過剰な砂糖を控えるようにした。少しの改善がみられた。ナイアシンアミド毎食1グラム、ピリドキシン250㎎朝夕、アスコルビン酸1グラウ朝夕を開始した。1か月ほどで多少の改善があった。疲れがへり、生活しやすくなった。ナイアシンアミドを一日4グラムへ増量した。1973年7月31日、第9学年へ進級した。しかし、集中できる時間は短かった。落ち着きがなく、陰気で退屈していた。1971年11月の学校からの報告によると、2か月間にわたってめざましく改善を認めているとのことであった。ずっとビタミン療法は継続できていたが、甘いものはがまんできていなかった。学友とはうまくいかず、友人はほとんどおらず、攻撃的すぎた。ジョン・ホッファーは1000、not improvedと判断した。過活動スコアは97から51、83へ(1971年5月16日から1971年9月16日、1973年7月31日にかけて)。1974年1月14日、母親によると一日1グラムのナイアシンアミド、1日250㎎のピリドキシンしか内服していなかったが好調だった。学校でもうまくやれるようになり、明るかったが、家庭では頑固だった。大きな問題はなかった。最終的な評価は1111、正常であった。
コメント:”低血糖症”について1971年頃に認識があったのですね。現在の日本人の母親でこれに気づける人がどのくらいおられるでしょうか?