ADHD・・・ホッファー先生のケースレポート(通常治療が無効であった例)・・・ケース3 Retts症候群
上記より
ケース3
R.G.は1922年12月22日生まれで初診は1995年1月25日。両親は彼女の全般的な発育の遅れを心配していた。4か月まで授乳し、8か月までには卒乳した。動きがとても緩慢で、寝返りも緩慢だったが、両親が本当に心配し始めたのは1994年9月に一か月にわたる感冒の後に、発育が止まったためであった。過呼吸もはじまり、一度は救急救命室へ運ばれた。後にバンクーバーの子供病院での検査を受けたが明らかな原因を認めなかった。初診時、椅子と椅子の間を歩き始めていたが、動きがぎこちなかった。動きは制限されていたが、多動だった。食事は自分で食べれたが、汚しまくっていた。注目されると喜んだが、抱かれるととても落ち着かず、引っかいたり物を引っ張ったりした。”ママ”ということができ、遊びに反応し、父親がおもしろいことをすると笑っていた。慢性鼻炎があったが、乳製品を減らすと改善した。彼女はミルクを大量に飲んでいた。リンゴジュースで胃痛が起きていた。リンゴジュースが皮膚に付着すると皮膚が赤くなっていた。爪白斑があり、亜鉛とピリドキシン欠乏を示していた。乳製品を避け、アスコルビン酸1グラム、キレート亜鉛15㎎、子供用のビタミンミネラルを開始した。5月15日、一人で立ち上がり歩けたが、まだ不安定だった。声がもっとでるようになり、成長が早くなった。両親は娘が突然目覚めたかのようであると描写した。両親は娘の進歩に大変喜んだ。1995年7月17日、鼻水はなくなった。バナナとオーツ麦にアレルギーがあることがわかった。 理解力は向上し、両親への反応は正常だった。20分の間、父親の腕の中で静かに抱かれていた。これは以前にはできなかったことである。5月15日、毎食100㎎のナイアシンアミドとジメチルグリシン50㎎朝夕を開始した。7月、ナイアシンアミドを500㎎毎食後、ジメチルグリシン50㎎毎食後へと増量した。受診の数日前に、Retts症候群の専門家の小児科一般医を受診した。専門医は彼女がこのRetts症候群によくあてはまると考えていた。彼女の病名がなんであるにせよ、栄養療法が有効であったことに疑いの余地はなく、年余にわたって改善し続けるだろう。
コメント:レット症候群とは?
早期には異常に気付かれにくい疾患らしい。乳製品アレルギーがよく登場する。
以下引用
本症の発症は乳児期早期にあり、睡眠、筋緊張の異常、姿勢運動の異常、ジストニア、側彎、情動異常、知的障害、てんかんなどの症状が年齢依存性に出現することを特徴とする。
”おとなしく、よく眠る、手のかからない子”と表現される如く日中の睡眠時間が長く、外界からの刺激に対する反応に欠けることが特徴である。これらの症状 は通常見逃され、”当初乳児期早期は正常”とされることが多い。
乳児期には抗重力筋の緊張低下があり、そのため運動発達は寝返りから遅れることが多い。特に四つ這い移動の遅れ、または出来ないことが多い。四つ這いの姿 勢は屈曲肢位で交互性に欠ける。独歩も遅れることが多く、生涯不能の例もある。
乳児期後半にそれまで獲得した手の機能の消失と前後して、特異的な手の常同運動が出現する。
乳児期には姿勢ジストニアが出現してくる。小児期以後から出現する側彎はジストニアによると考えられている。
発症早期の情動異常は自閉症との類似性があり、乳児期後半から知的障害が前面に出、多くの場合、最重度の知的障害を呈する。また。頭囲の拡大は乳児期後半より停滞し、幼児期には小頭を呈することが多い。
てんかん発作、特異な呼吸を呈してくることもある。本例は特異な発達障害であり、中高年・老人の症例もみられる。