ADHD ホッファー先生のケースレポート・・・5歳男児。吃音

 

ケース109

R.W.は1962年生まれで初診は1968年1月。母親は1954年から慢性統合失調症だった。病気の状態で結婚し、その後離婚し、4人の子供の面倒を見なければならなかった。1968年オーソモレキュラー療法を開始し、忠実に治療を行った。母親はかなり改善した。母親はR.W.の言葉がしばしば理解不能になることを心配していた。R.W.は物静かでとても恥ずかしがりで、行動障害が出始めていて、双子の姉といつもけんかをしていた。クリプトピロールの検査が陽性だった。毎食500㎎のナイアシンアミドとアスコルビン酸を開始した。一か月後、吃音がなくなり、人形で遊ばなくなり、より明瞭に話をし、円状に走り続けなくなり、より活発になった。1968年10月10日、母親によると、春頃から治療が継続できなくなり、一度以上どもるようになった。秋には夜尿がはじまった。私はナイアシンアミドを毎食1グラムへ増量した。1969年3月夜尿がなくなり、ゆっくりと改善し続けたが、まだ姉の後ろへ隠れていた。私はナイアシンアミドを1日4グラムへ増量した。3月31日、より明瞭に話していた。私はdexedrin5mgとピリドキシン一日100㎎を開始した。1971年3月2日、母親は正常になったと考えていた。私に対してより自由に話しかけ、学校での成績も良くなった。ただまだ恥ずかしがりだった。1973年7月30日、彼は好調だった。ジョン・ホッファーは0111と判断した。まだ少し幻視があった。目を閉じると、通りがかりの墓場にあいた穴が見えた。過活動スコアは37だった。

コメント:治療効果の出方が早いのは幼年だからでしょうか?