腹部救急における診断のこつ

腹部救急における診断のこつ 丁寧な病歴聴取と身体診察が重要
広島市民病院 総合診療科 岡本 良一先生  日本臨床内科学会雑誌 令和2年6月号

1.
前半省略
一般開業医の先生方からの紹介症例も多く、紹介医からの適切な診療情報提供に助けられて早期診断、治療が行える場合もしばしばある。

2.まず緊急処置を要する状態かどうかの判断を行う

腹痛患者に限らず、救急患者の診察に際しては、確定診断よりも、まずはバイタルサインの悪化や低血圧・頻脈・意識障害があれば重篤な疾患と考えて緊急対応を必要とする。得に意識状態の変化や持続する嘔吐などのred flag sigを認める場合は要注意である。データが出そろう前から今後の展開を予想する習慣をつけることが望ましい。ペンタゾシンを2回注射してもおさまらない腹痛は外科的処置を必要とする疾患である可能性が高いので外科医に連絡する。
また、重篤な疾患として大動脈解離や心筋梗塞などの緊急を要する疾患を見落とさないようにする必要がある。ショックをきたす腹痛としては腹部大動脈瘤破裂をはじめとした表2の様な疾患があり、常に頭においておく必要がある。

レッドフラグサイン
・睡眠中目覚めてしまうほどの痛み
・数時間持続する強い痛み
・疼痛のパターンや局在が変化する痛み
持続する嘔吐
発熱
・食欲や意識状態の変化

表2ショックをきたす腹痛
・腹部大動脈瘤破裂
・急性膵炎
・出血性消化管潰瘍
・肝細胞癌破裂
・細菌性腹膜炎
・急性化膿性胆管炎
・急性副腎不全
・糖尿病性ケトアシドーシス

3.病歴聴取が最も重要
腹痛診療に限ったことではないが、丁寧な病歴聴取が実地診療において最も大切なものである。順序だった、綿密で詳細で的確な病歴聴取にまさるものはなく、大半の症例で的確な病歴聴取のみでも合理的で性格な診断が得られるにもかかわらず、面倒で時間がかかるために十分に行われない傾向がある。実際に患者に会って十分な病歴聴取と身体診察を行う前に医師が一連の検査をオーダーするという、ありがちな習慣は反省して改善する必要がある。
血液検査、画像診断の進歩により、現在の医療現場では、病歴聴取が軽視される傾向がある。しかし、Dr.Copeの教科書やHarrison内科学の記載にもあるように丁寧な病歴聴取はいかなる生化学的検査や画像診断よりもはるかに重要である。病歴聴取の診断的価値はCTよりも高いともいわれている。
まず、問診で腹痛の特徴をつかむ必要がある。胆嚢炎であれば持続痛、尿管結石は痛みの程度に変動があるが、完全に痛みが消失することはない。イレウスなおの腸管の痛みであれば間歇痛で痛みが消失する時期がある。

ティアニー先生の言われるように痛みがあった時に何をしていたかを聞くことも有用である。胆嚢炎なら答えられるが、虫垂炎では答えられない。

食事と痛みの関係を聞き取ることも有用である。胃潰瘍や胆石は食後に悪化し、十二指腸潰瘍や胃食道逆流症では楽になる。
腹痛患者がシックであるにもかかわらず腹部が柔らかい時には、血栓塞栓症などを疑う必要がある。
呼吸との関係も重要で、胸膜肺炎、胆嚢炎、肝膿瘍、肝周囲炎では呼吸により痛みが増強する。

診断に苦慮することが多い虫垂炎については特に症状の出現時期が重要である。
典型的な虫垂炎の症状の発声順序は表3のとおり心窩部の疼痛から始まる事が多く、その後食欲不信、嘔気が庄司、痛みが右下腹部に移動する。発熱や白血球数の上昇は疼痛出現後に認められる。もちろん例外もあるが特に鑑別を必要とする憩室炎等との鑑別には役立つ。

急性の腹痛発作のごく初期から体温がかなり高いか悪寒があれば、虫垂炎の可能性は低い。また痛みが生じるよりも前に発熱したり、嘔吐が最初期の疼痛発作と同時に起こるか先行する場合は、通常は虫垂炎ではないと考えて対処する必要がある。

ただし、虫垂が無い場合を覗いては常に虫垂炎の可能性を除外してはいけないとも言われている。

また重症膵炎を除いて高熱がはじめから出現する急性の腹部疾患はないと考えておいてよい。

一般開業医は現在の症状のみならず、既往歴、家族歴、服薬歴、アルコール・喫煙歴、ストレス・家族関係糖について患者との付き合いの長いかかりつけ医であれば、問診する必要もなくわかっている場合も多いが、診断のためには非常に重要な情報であり、紹介状になるべく詳細に記載をお願いしたい。
上腹部痛の場合は腹部疾患以外に心筋梗塞や胸膜炎など胸部疾患を見落とさないことが重要である。

表3. 虫垂炎の症状の発生順序
1.疼痛(通常は心窩部や臍部で感じられる)
2.食欲不振、悪心、嘔吐
3.圧痛(腹部・骨盤のどの部位でも起こり得る)
4.発熱
5.白血球増多

4.身体診察所見も非常に重要
患者が入室してきた時の様子から始まる注意深い観察が非常に大切である。
腹膜炎や胆嚢炎の患者は、静かにベッドに横たわり、動くことを避ける傾向にある。逆に尿管結石や腸管虚血の患者はじっとしていられない傾向がある。
一般開業医は他の医療職よりも初期症状を観察できる機会に恵まれているので、辛抱強く丁寧な観察を行えば、その経験を医学的知識として蓄積していくことができる。高次医療機関に紹介する際には観察した初期症状を診療情報として是非お知らせいただきたい。

また疾患としては軽症でも脱水徴候をチェックすることは重要であり、口腔内乾燥・舌の皺・腋窩乾燥・起立性低血圧がないかどうか確認する。
疼痛のひどい場合には、アセトアミノフェン1000mgの静脈内投与を早期に実施して、除痛をはかることも重要である。除痛によって診断が困難になることはなく、むしろ丁寧な問診や身体所見をとるために有用であり、原因にかかわらず診断前の早期の鎮痛薬使用が推奨されている。
腹部の聴診は、腹痛患者の診察の中で、得られる情報が最も少ないものの1つであると言われているが、患者さんに安心感を与える意味もあるので必要時には時間をかけ過ぎない程度に行った方がよいと思われる。

診断がつかない場合には、数時間おいて痛みの正常の変化を聴き、身体所見を繰り返すことで診断にたどりつくこともしばしばある。入院させても必ず何度も見に行くようにする。繰り返し問診と診察を行いながら、注意深く経過観察することで、多くの場合、疾患の真の性状が解明され、適切な診断、治療に結びつく。

5.妊娠について
妊娠可能な女性患者においては、妊娠しているかどうかの確認は重要であり、また意外に難しいものである。「妊娠している可能性はありますか?」という問診だけで、妊娠の判断をすることは非常に危険である。筆者も過去に「絶対に妊娠はしていない」という女性患者が子宮外妊娠や妊娠悪阻による腹痛であったケースを何度も経験している。当院ではかなりの頻度で若年女性救急患者では妊娠テストを行っているが、可能な限り、月経歴や性交渉歴、避妊の有無等について丁寧な問診が必要である。

6.検査と画像診断について
丁寧な病歴聴取と身体診察所見をとった上で、診断を予測した検査、画像診断は必要である。
生化学的検査は腹痛患者の評価に有用な場合もあるが、一部の例外をのぞいて、それによってのみで診断を確定することはまずない。またCRPや白血球数などから重症度を判定してはならない。さらに、白血球数増加のみで手術が必要か否かを判断してはならない。
アミラーゼの上昇は必ずしも急性膵炎とは限らない。消化管穿孔や腸閉塞でもアミラーゼは上昇する。
一方でショックの診断や腸管虚血の診断にph, Base Exess, 乳酸値は有用であり、これらを疑った患者では血液ガス分析を行う。血液ガス分析、特に乳酸値に関しては急性腹症の診断に有用な事が多く、呼吸状態の評価にもなり簡便に使えるので、施行することが望ましい。なおBEや乳酸値は静脈血のガス分析でも評価可能である。

丁寧な問診と身体診察を行い、診断を予測した適切な生化学的検査を行った上での画像診断は有用であり、特に救急診療においてはCT画像が必要となる場合が多い。ただし、あくまではじめからCT検査に頼る姿勢は改善すべきである。

7.診断に注意が必要な場合
高齢者や糖尿病患者では症状が非特異的で重症感が乏しくなりがちであり注意が必要である。図2は発熱を主訴に普通に歩いて外来受診された重症出血性胆嚢炎患者のCT像である。バイタルサインは安定し、腹部の圧痛もごく軽度であったが、緊急手術となった。また、糖尿病性ケトアシドーシスでは嘔気・嘔吐、上腹部痛といった消化器症状で来院することがしばしばあり、急性胃腸炎に間違われることがあるが、下痢がない、倦怠感が強い、呼吸数が多いなどおかしいところがいくつもあるものである。
腹痛のあるすべての患者で、特に上腹部に疼痛がある場合には腹部疾患以外に心筋梗塞や肺梗塞、胸膜炎、食道疾患など胸腔内なお疾患の可能性を常に考慮しなければならない。