ナイアシン(ビタミンB3)の発見

月間保団連 2019年6月号 ビタミン発見物語 笠原 浩  より引用

農民達を苦しめたペラグラ

18世紀の南欧では、ペラグラという病気が蔓延していた。この言葉は「皮膚の荒れ」を意味するイタリア語で、とうもろこしを主食とするイタリア半島北部で猛威を振るい、激しい皮膚炎をおこすところから「イタリアらい病(ハンセン病)」と呼ばれたほどに恐れられた。さらに、19世紀後半から20世紀初頭にかけては、米国南部の農民の間で爆発的に流行し、年間20万人が発症し、1万人が死亡したという。

症状としては、まず光線過敏症が生じて顔や手などの露出部に赤い発疹が現れ、やがて潰瘍化する。口腔などの粘膜も侵される。慢性の下痢、吐き気や嘔吐などの消化管症状も次第に進行する。さらには疲労、不眠などの神経症状、脳の機能障害も起こり、高度の知的能力低下や、死に至ることも珍しくは無い。英語圏ではDermatitis(皮膚炎), Diarrhea(下痢), Dementia(認知症), Death(死)の4Dとも呼ばれた。

 

感染症ではないことが証明された

かつて脚気が伝染病の一種だと信じられていたように、ペラグラも当初は感染症だと考えられていた。1914年に南部の貧しい農民たちを苦しめていたこの病気への対策を依頼された米国公衆衛生局の医師ジョセフ・ゴールドバーガーは、患者の血液を自分のからだに注射してみるなどの実験を重ねた結果、ペラグラが感染症ではなく、とうもろこしを主体とする単調な食事に道の必須栄養素が不足していた為の「欠乏症」であることを明らかにした。すでに「ビタミン」の概念が知られたいたので、レバーや赤身肉などに多く含まれているこの「抗ペラグラ因子」に、彼はビタミンPP(prevent pellagra)と命名した。

この物質も「水溶性B」の一員だったから、一時はビタミンB3と呼ばれたこともある。

 

正体はニコチン酸だった

ヒトのペラグラに相当する動物の病気としてイヌの黒舌病がある。1937年、ウィスコンシン大学生化学教授コンラッド・A・エルビエムは、この病気にかかった犬にニコチン酸アミドを投与し、症状の目覚しい改善を得た。比較的簡単な構造の分子であったにもかかわらず、ニコチン酸は一種のビタミンだったのであり、ゴールドバーガーのビタミンPPあるいはビタミンB3の正体であることもまもなく証明された。

現在ではニコチン酸やニコチン酸アミドは生体内でNADおよびNADPに変換され、多数の酸化還元酵素の補酵素として、またADP-リボース供与体として重要な役割を果たしていることも明らかにされている。

なお、ニコチン酸はタバコに含まれるニコチンとは全く別の物質である。誤解(喫煙の口実など)を避けるためにnicotinic asic vitamin(ニコチン酸ビタミン)の短縮形niacin(ナイアシン)が提案され、これが現在の一般的な呼び名となっている。

 

ゴールドバーガーは、感染症ではないという自信があったのでしょう。でなければ、人体実験はできないと思います。