インテリジェンス(情報)の重要性

上記 解説より

 こうした目で日米開戦に至る流れと戦争の推移を見てゆけば、日本の外交と戦争の営みに対して、長年にわたる英米各々の対日情報活動の蓄積の上に立って1930年代の末から緊密さを深め、すでに確固たるものとなっていた英米の情報と国策の協力体制の網の中にからめとられてゆく日本の姿がはっきりと浮上してくる。そしてあの大戦争の中で、愛国の至情に燃えた日本の多くの軍人と国民が払ったあの壮大な戦争努力が、苦も無く一瞬のうちに壊滅させられていく「日本の哀れさ」がひとしお浮かび上がる。今日、1940年春の「ダンケルク」や同年夏の「バトルオブブリテンの奇跡」に始まるイギリスによる独戦の勝利も、実は奇跡でもなんでもなく暗号解読をはじめとする各種の情報活動によって、まさに勝つべくして買った、いわば「演出された奇跡」にすぎなかったことも明らかになりつつある。

第二次大戦中、イングランド中部コヴェントリー市に対するドイツ空軍の大空襲計画を事前につかんだ英国首相ウィンストン・チャーチルは、あらかじめ対抗措置をとればドイツ側がイギリスによる暗号解読の事実を疑うことになると恐れ、イギリス政府としてはコヴェントリー市民にはいかなる警報も出さず、結局、数万の生命を偽性に供したことは、今日ではよく知られた事実である。そしてこのことは今日に至るイギリス人の大多数によって倫理的に正しい決断だったと容認されている。それほど暗号や秘密情報活動は、国家の生存や歴史の進路に決定的重要性をもつことが広く認識されているわけであり、それは冷戦時、平時の区別なく広く受け入れられている国際関係の常識となっているのである。

このこと1つをとっても、「情報」が国の存立に決定的にかかわる事を西欧人は骨の髄までしりつくしていることがよくわかる。そして、その上に立つ外交や安全保障の営みこそが本来、国家として主要な関心であるべきで、さらにその上に立って初めて持続的な経済繁栄が可能となるのである。日本人は90年代のバブル破綻の背景などをもっとよく知ることにより、本来経済活動などとは比較にならないこうした情報・戦力・安保・外交のネクサスがもつ重要性に、もう一度、深く思いをはせるべきなのではないか。

 世界中でコロナワクチンを打たなくなってからも、日本では打ち続けた。栄養学でも10年以上の遅れを摂っている。 
 自分で情報収集できず、騙されやすい点が、日本人の弱点なのだろう。