統合失調症ケースレポート25

ORTHOMOLECULAR TREATMENT OF CHRNOIC DISEASEより

J.M.1968年生まれ

J.M.の母親が1971年6月に手紙を送ってきた。J.M.をつれてきたのが1971年8月2日である。1968年には2週間ほどトロントの病院で治療を受けていた。彼は明らかに精神病状態で、パラノイド妄想を伴った幻聴をしばしば聞いていた。世界の終わりが近づいていると信じており、なぜか彼自身が外部の出来事、気候や国際情勢にまで影響を及ぼしていると信じていた。彼は不適切であり、興奮していた。状況は数週間のうちに落ち着いた。内服治療を開始し、反応があったが、まだ無欲状で意欲がなく、いつも心配性で神経質だった。彼はトランキライザー精神病の初期症状を示した。彼は退院後すぐに薬物調整のために再入院した。トランキライザー精神病はいくつかの酷い副作用を起こしていた。診察時、彼は人々に見られていると感じ、自意識過剰であり、現実感がなく、ひどく抑うつ状態であった。

 

ビタミン療法にすぐに反応があったが、1973年12月に黄疸になった。医師はすぐにビタミンB3が黄疸を起こしたと考えたが、検査で閉塞性黄疸であることがわかった。治療により改善しビタミン療法を再開したところ再発しなかった。彼はまだ不安と抑うつ症状に苦しめられていた。1974年5月、4日間の水断食をおこなった。食物のアレルギー源を特定するためである。4日目に彼は回復した。その後ある種の食品を避けるようになった。1979年母親が、彼が育児を1年間して、元気にしていると報告してきた。結婚して娘が生まれていたのである。1986年にも元気にしていると報告があった。1991年には2人の子どもの父親になったとのこと。10年前に卒業し、専門分野で働き続けていた。

 

私をよく知る同僚によると、「トランキライザーによる治療がうまくいかず、ビタミン療法によって改善した」と主治医に伝えたときの医師の反応に、私は興味があるらしい。この家族は息子を回復させるためいくつかの障害を乗り越えなければならなかった。例えば、ある精神科医(ビタミン療法を試したことの無い)は、”ホッファー医師には信者がたくさんいる”と皮肉をこめて話した。ホッファーを宗教指導者だと暗にほのめかしたわけである。「信頼が統合失調症を良くする」という、二重盲検定試験はない。信頼はどのような治療プログラムにも必要ではある。私はトランキライザーも併用して治療を行っているのである。1974年に別の精神科医は家族にこう言った。”ビタミン療法は本当にガラクタだ”。この医師は病気は遺伝によるものであると説明した。”J.M.は巣の中にいる産毛が生えた小鳥のような存在であって、母親だけでなく、家族の誰も彼を手放さないでしょう。”これは詩的表現ではあるが、科学的でなく医学的に妥当でもない。その後すぐに別の病院(家族に対する態度がより共感的で親切で、Freudian jargonのトレーニングがあまりなされていない)へ移った。

私は彼を”回復”に分類している。