ビタミンAの発見

月間保団連 2019.04 ビタミン発見物語 笠原 浩 著   より

5大栄養素だけでは健康は守れない

1906年、英国ケンブリッジ大学の生化学者フレドリック・G・ホプキンスは、当時知られていた5大栄養素=炭水化物、脂質、蛋白質、ミネラルのすべてを配合した人口飼料によるネズミの飼育実験を行い、それだけでは成長が遅れてひどく弱弱しくなってしまうが、牛乳を与えると回復することを観察した。つまり、牛乳の中に成長に必要な未知の栄養素(彼は「副栄養素」と名づけた)が存在することを証明したわけである。

これが、後にビタミンと呼ばれることになる「必須微量栄養素」の最初の発見報告であるとされ、ホプキンスはこの功績により、抗脚気因子を発見したフンクと並んで1929年にノーベル生理学医学賞を受賞した。

 

脂溶性Aと水溶性B

アメリカでもウィスコンシン大学のエルマー・V・マッカラムがネズミの飼育実験を行い、1913年に牛乳の中にネズミの成長に必要な栄養素として油に溶けるものと水に溶けるものがあることを明らかにした。彼は15年にバターや卵黄にも存在していた前者を脂溶性A、後者を水溶性Bと名づけた。水溶性Bが先に発見されていた抗脚気因子と同じものであることもまもなく分かった。やがてこれらは、フンクやドラモンドの提唱に従って、ビタミンA、ビタミンBと呼ばれるようになる。こうしてビタミンの名前にアルファベットが使われることになった。

 

ビタミンAと目の健康

ビタミンAが欠乏した飼料で養われたネズミは成長障害とともに眼に感染症状が現れることは、1013年にエール大学のトーマス・b・オズボーンとラファイエット・B・メンデルが記載した。17年にはマッカラムらもほぼ同様な実験結果を報告している。

ヒトでの夜盲症(暗いところでは眼が見えなくなる病気)がビタミンA欠乏の初発症状であることも発見された。この病気が魚や動物の肝臓を食べることで改善することは、実は古くから知られていたのである。

こうしたビタミンA欠乏症に相当する病気は、すでに1904年に三重県の小児科医森正道が「脾疳(ひかん)」として報告している。これは農村の貧困な家庭の子どもに見られる症状で、夜盲症や結膜炎を起こし、ついには角膜潰瘍で失明にいたることもある。森はこの症状は脂質の不足によるものとし、肝油が特効を奏するが、オリーブ油は無効であったと報告した。この業績はドイツの小児科学の雑誌に掲載され、マッカラムも引用している。

マッカラムがジョンズホプキンス大学に移籍後に、その研究室に留学した盛新之助は、ビタミンAの欠乏は涙の分泌を抑制するために、眼の表面が乾燥し、細菌の感染が加わって角膜軟化症となるものであることを、病理組織学的研究で明らかにした。

上皮保護ビタミン」でもあった。

1920年代になると、アメリカのシメオン・B・ウオルバハとピーター・ハウがネズミやモルモットを使った実験で、ビタミンAの欠乏が眼の角膜のみならず、歯の形成障害や生殖器の変性退行など、上皮細胞一般をも障害するものであることを報告した。ヒトでもビタミンAの欠乏が皮膚の毛包性角化症などの病変を生じることが明らかにされ、皮膚や粘膜の角質化、異常乾燥や色素沈着を防ぐ「上皮保護ビタミン」としての効果が認められた。そのため、かつては夜盲症や視力向上のみならず美肌・美髪の目的でも、肝油正座の効用が宣伝された時代があった。

ビタミンAの同定

農学者の高橋克己は1922年にタラの肝油から抗夜盲症因子の分離・抽出に成功し、ビオステリンと命名した。彼は翌年には理化学研究所の研究員となって、この物質の製造法の特許をとり、栄養剤として商品化した。さらに理研は、ビタミンAの単離にも取り組み、34-35年には川上行蔵、浜野貞行らによって、ビタミンA誘導体の結晶化にも成功した。

ビタミンAそのものの化学構造は、1931年にスイス人科学者パウル・カレルによって明らかにされ、レチノールと名づけられた。この物質は、カロチンという光合成色素の分子の長い鎖を中央で切断したような構造であり、動物の体内ではカロテンからビタミンAが作られていることも分かった。

ちなみにカロテンはニンジンのダイダイ色の元であり、語源もここからきている。ニンジン以外にも多くの有色野菜や果物に含まれていて、バターや卵黄の黄色、ヒトやニワトリ黄色脂肪も食物由来のこの色素による着色である。

 

ビタミンAの生理・薬理作用と過剰症

ビタミンAは網膜細胞のたんぱく質と結合してロドプシンを形成し、暗順応を可能にする。雄の生殖機能に大きく影響することや免疫機能への関与も明らかにされている。

欠乏症については上述したとおりだが、近年ではむしろ過剰症が問題とされている。急性中毒では、腹痛、悪心、嘔吐、めまいなどが出現した後、全身の皮膚落せつが見られる。慢性中毒では、全身の関節の痛み、皮膚乾燥と脱毛、食欲不振と体重減少、肝障害、脳圧亢進、胎児の奇形誘発、骨密度の減少や骨粗鬆症などが知られている。現代ではヤツメウナギの多食はありえないだろうが、脂溶性ビタミンサプリメントの過剰摂取は慎むべきであろう。

 コメント
①ビタミンAは、夜盲症のみならず、生殖機能、歯の形成、涙分泌、皮膚色素沈着予防などに関与する。
 元血液内科医としては、白血病(M3タイプ)に対する、レチノイン酸の劇的な効果と、治療中におこるレチノイン酸症候群が印象深い。

②ビタミンA過剰症については、ホッファーは次のように記述している。
orthomolecular medicinE for everyoneより

50年にわたるビタミン研究によると、研究者らは米国で年間およそ10-15名のビタミンAによる中毒症症状を報告している。通常10万単位以上の摂取による。ベータカロチンについては副作用の報告はない。このレビューではビタミンAが安全であることが述べられている。また以下のように説明している。”有害性”と”死亡率”は全く異なる。有害性が報告された中に死亡者はいない。AMERICAN POISON CONTROLの統計によると、ビタミンAによる死亡は年間一人たりとも報告されていない。

 ビタミンAの許容量