諸行無常はペシミスティックな感情ではない・・・仏教超入門より

 

常に同じものはない。すべては移り変わり、いつか塵のようにむなしく消え去ってしまう。いっさいは夢のようなものだ。あらゆるものは儚い。

 

これがいわゆる無常感というものであり、どうせいつかは衰え、何もかも無になるのだという、半ば捨て鉢な日本人のものの見方になっていったのだった。
しかし、こういう無常感は、仏教の「諸行無常」の教えを勝手に解釈したところから生まれてきたものだと気づかねばならないだろう。

 

そもそも仏教の「諸行無常」とは、さまざまな縁によって今の私の存在、この状況があるという構造の道理を指摘した言い方であり、ペシミスティックな無常感とは関係のないものだからである。

 

仏教はペシミスティックな教えではなかったらしい。

子どもの頃に法事などで、お坊さんのお話を聞くと、どうもやる気がなくなる気分になってました。

明らかにメッセージとして「努力しても頑張っても、あんまり意味ないですよ。」が入っていますよね。

「門をたたけ。さらば開かれん。求めよ。さらば与えられん。」の方が健康的です。