恐るべしインド人

ファクトフルネスより引用

初めての経験

学生がダメなんていうつもりはないことをここで断っておきたい。わたしだって褒められたものではないからだ。

1972年、医学部の4年生だったわたしは、インドのバンガロールにある医学学校で学んでいた。最初の授業は腎臓のレントゲン検査についてだった。1枚目のレントゲンを見て、これは腎臓がんにちがいないと思った。でも一応遠慮して、しばらく待ってから発言することにした。自分の知識をみせびらかしていると思われたくなかったのだ。

すると、何人かが手を挙げた。インドの学生たちが、がんの診断方法や、通常どのようにがんが広がるか、適切な治療法はどれかを次々に説明していく。そのまま30分ほど、インド人学生たちは、経験豊富な医師にしか答えられないような質問に答え続けていた。わたしは恥ずかしくなった。きっと部屋を間違ってしまったのだろう。これが4年生の授業のはずはない。専門医の授業なんだ。インドの専門家の分析にわたしが付け加えられることは何もなかった。

教室を出ながら、別の学生に自分は4年生の授業に出るはずだったのにと話した。「これがそうだよ」と相手は言った。

まさか。額にしるしをつけて、ヤシの木の下で暮らしている学生が、わたしよりはるかに知識豊富だなんて?それから数日のあいだに、インドの教科書はわたしの教科書よりも3倍も分厚く、インド人学生がわたしより3倍も教科書を読み込んでいることがわかった。

生まれて初めて、世界の見方をがらりと変えらさせられたのが、このときの経験だった。育った場所のおかげで自分のほうが優れているなどという思い込みは、この経験でひっくり返された。西洋がいちばん進んでいて、そのほかの地域は整容に追いつけないなんて、とんでもない勘違いだった。45年前のそのとき、西洋の支配がそれほど長く続かないことが、わたしには見えたのだった。

広大の原医研血液内科にはひっきりなしに外国からの留学生が勉強にこられていました。

恐れ入るほど優秀な人達がしばしば出現し、恥ずかしい思いをしたのを思い出します。