統合失調症のケースレポート7

ORTHOMOLECUAR TREATMENT OF CHRONIC DISEASEより

G.H.1963年生まれ

私がこの若い女性の診察をすることになったのは、変わった出来事がいくつかおきたためである。

1981年両親から、刑務所へ入れられた娘のことで困っているという電話を受けた。ブリティッシュコロンビアの精神科病棟からは入院を許されず、判事は刑務所へ拘留するように命令を下していた。両親は、私がビクトリアの病院への入院を許可できるか知りたかったのである。私は自分で診察しないと判断できないと答えた。両親は判事に面会し、1度私に診察をうければ私は同意するだろうと話した。

 

数日後、両親と本人は受診した。母親によると、彼女は3歳のときから神経質で、過活動と学習障害をきたしていた。14歳時には私立学校へ入学したが、ジャンクフードを持ち込みはじめ、精神が混乱するようになり中退した。短期間で20ポンド太り、後に過食症になり、またその後には極端にやせた。 家へ帰ったとき、ブリティッシュコロンビア大学の健康センターへ4ヶ月ほどかよい、その後の半年はcenter for delinquent and other behaviorally disturbed teenagers (行動障害や問題行動のあるティーンエイジャーのためのセンター)へ通った。1980年11月グループホームでは管理できないと言われ、再び2ヶ月入院した。彼女は勝手に家へ帰った。1981年1月、彼女は世界に対する怒りのあまり、マットレスに放火した。再入院し、退院後は外来に通院した。この時期3回ほど薬物過剰内服による自殺を試みた。行動はまだ過活動でおかしかった。しばらく入退所をくりかえし、正常になったとみなされ自宅へ帰った。彼女は自宅のカーテンに火をつけた。警察が呼ばれ、彼女は逮捕され拘留された。判事にはそうしない理由が無かった。彼女は追放され、精神異常ではないという判断の基、精神科病棟への入院も許されなかった。両親の努力により、判事は私の判断を受け入れて、彼女は解放された。

 

彼女は私に15歳のときにはじまった幻視について話した。ナイフを持った人達が現れることを母親にはすでに話していた。放火などの悪事を行うようにと命令する声を聞いていた。彼女は奇異に感じ、自分の考えが聞こえてきた。いつも大変偏執狂的で、人々がいつも彼女にたいして陰謀をたくらみ、監視していると思っていた。思考は途絶し、集中して考えることができなかった。まずなによりひどい抑うつ状態であった。入院させるしか選択はなかった。

1981年9月11日から10月11日、1983年4月9日から7月18日に入院した。最後の入院は1986年2月25日から4月16日であった。幻聴(火をつけろ)が出てきたためである。実際には放火しなかったが。その後回復し、この4年間は調子が良い。1992年6月1日彼女の誕生日、彼女は私に電話をしてきた。大変調子が良く、もうすぐ応募している仕事を得られるかもしれないと話した。彼女はバンクーバーのオーソモレキュラー療法に詳しいジェネラルプラクティショナーに援助を受けていた。

Nozinan(100mg/day), Lithium(300mg/3x per day), thyroid medication(60mg/day), niacin(1000mg/3x per day), vitamin C(1000mg/3x per day), Kemadirn(5mg/2x per day), and Modecate(50mg intramuscularly every 7 days).

1981-82(12 times), 1983-84(11times), 1985-86(7 times), 1987-88(3 times), 1989-90(4 times), and 1991-92(1 times).