心不全に合併する鉄欠乏状態

日本臨床内科学会雑誌 令和4年9月号より引用

佐部 裕幸先生 (福井県)

 「貧血はないが鉄欠乏状態にある」という言い回しを昨年ごろからよく耳にするようになった。ちょうどそのころ、私は心不全患者の治療でループ利尿剤の増量を段階的に行っても浮腫軽減を得られず(ループ利尿薬抵抗性)難儀した症例を経験した。苦慮した結果、鉄補充静注する方法をとった。数日後よりその効果によるものかループ利尿剤の反応はよく、浮腫軽減につながった。高容量のループ利尿剤使用に至らずにすんだ。ループ利尿剤抵抗性に起因する原因はいくつもあるが、鉄欠乏状態がそれを引き起こすのではと考えた。心不全患者に合併する鉄欠乏状態は、70%台との報告がある。心不全の治療に関してはこの数年続々新薬が市場に登場し、その効果は臨床現場で実感している。しかし本稿では今は昔、軽視されやすい鉄欠乏状態と心不全状態の関係性を話題にとりあげた。鉄欠乏状態の診断は、血液検査でしか詳細な情報は得られない。血中フェリチン、血清鉄、総鉄結合能(TIBC)を用いて貯蔵鉄量、トランスフェリン飽和度を導き、診断と結びつける。
鉄欠乏状態の病態は2つに分かれる。絶対的鉄欠乏と機能的鉄欠乏に分類する。採血結果から病態を想定することで診断へとすすむ。貯蔵鉄(血中フェリチン値)の減少を絶対的鉄欠乏。機能的鉄欠乏は貯蔵鉄の利用が体内でできない状態を指す。これは全身性の炎症があると血清フェリチン値は高値になるかまたはトランス飽和度(%)としての計算で20%以下の基準域に入る。一方、鉄は細胞内のミトコンドリアにとっても必要不可欠な金属元素である。不足すれば機能不全に陥り、エネルギー産生そのものが低下する。心筋細胞も同様に鉄不足により左室駆出率を保てずまたは低下している状態であると容易に想像できる。冒頭で紹介した表現を使うならば、貧血そのものの鉄欠乏性貧血と全身の細胞レベルで鉄不足状態を示す意味合いを持つ。

ただかつては鉄過剰の問題が指摘されていた。鉄代謝は閉鎖回路になっており、繰り返しの鉄投与では血清フェリチン値のモニタリングは必須であった。しかし近年登場したHIF-PH阻害薬により、治療の選択肢にパラダイムシフトを起こした。現在、心不全状態では慢性炎症化にあるとみられている。それゆえ鉄利用が十分にすすまないので(機能的鉄欠乏)。単に鉄剤投与を続ける(鉄補充療法)、すぐに鉄過剰状態を招くので注意を要する。HIF-PH阻害薬発売前の鉄補充治療にはその点で限界があったし、治療の先を道筋が見えなかった。そこのこの薬剤の登場で生体なで鉄利用を十分に管理できる局面に入った。心不全の患者をみる際には鉄代謝にも目を向ける事をすすめたい

 

コメント:大変興味深い論文。

鉄の注射については、私はしなくなっている。

 

HIF-PH阻害薬は経口剤であり、エリスロポエチン製剤にとって代わるのではないかと期待されているそうです。 HIF-PH :低酸素誘導因子 (HIF)-プロリン水酸化酵素含有タンパク質 (PH)の略。 HIF :細胞への酸素供給が不足すると産生される転写因子。 血管新生や造血反応など様々な遺伝子発現に関与するのだが、そのうちの1つにエリスロポエチンの産生がある。 ※1 この HIFは通常PHによってすぐ分解されてしまう 。 HIF-PH阻害薬はHIF-PHを阻害することで、HIFの分解を抑制し、エリスロポエチンの産生を増やすことができる。 HIF-PH阻害薬の効果は、人間が酸素が薄い場所 (高地)にいった際に体内で起こるメカニズムと一緒とのこと。