子孫のために良い田は買わない

 

何度も何度もつらく苦しい経験をしてこそ、人の志は初めて堅くなるのだ。
真の男は玉となって砕けることを本懐とし、志を曲げて瓦となって生き長らえることを恥とせよ。
我が家の遺訓。
それは子孫のために良い田を買わない、すなわち財産を残さないということだ。

 

- 西郷隆盛

 

このような考え方も、他の明治の元勲と相いれなくなっていった理由の一つでしょうか?

 

https://8bitnews.org/?p=10546yより

また宮中に閉じこもってやんごとなき存在として育てられて来た天皇からすれば、江戸時代までは会える身分も限られて特別に高貴で不可触な存在とされていたのが、「明治の元勲」の主たる面々は公家の岩倉具視を除けばほとんどが下級武士だった。それが新政府の首脳になったとたんに自分たちに途方もない高給が支払われるように決め、大名家や旗本から接収した大邸宅を政府が自分たちに与えるようにし、自分たちを公家や大名と同列の貴族階級の華族と決めるなど、ひどく俗っぽい権力の私物化が、天皇には目に余るものだったのかも知れない。