仏舎利塔

家から仏舎利塔が見えます。一応ブッダの骨が納められていることになっているのだと思います。

ブッダは、自分の供養をするなと遺言していたそうです。

以下引用

死期が近づいたとき、ブッダはこういったという。

お前達は修行完成者の遺骨の供養(崇拝)にかかずらうな。どうか、お前たちは、正しい目的のために努力せよ。

しかし、弟子達はその言葉に反して遺骨を分配した。遺骨の供養と崇拝を始めた。ブッダの死とともに、葬式仏教が始まったといっていいだろう。

ブッダは遺言の時点で、弟子達がそういうことをするのが予測できたのでしょうね。さすが、人間分析の超人です。ブッダが死んだ瞬間から、教えは変質しはじめたのでしょう。
それでも・・・。2千数百年前の人間の言葉や教えが伝えられていること自体、すごいことだと思います。葬式仏教だって存在価値があるのでは。
一般論として、キリスト教にせよ仏教にせよ、マイナス面は間違いなくあると思います。そして、信仰心がある人ほど、そのような議論ができにくい。(政治的信条も、よく似ていて、感情的になりやすい事項ですね。)
だからといって、すばらしい知恵を知らないのももったいない話だと思います。