統合失調症のケースレポート19

ORTHOMOLECULAR TREATMENT OF CHRNOIC DISEASEより

C.C. 1949年生まれ

この患者は、ティーンエイジャーの頃からとても神経質であった。1972年に初めて2ヶ月間入院した。

退院後に農場へ転居し、妻とは離婚した。1973年にも2ヶ月の入院をした。退院後、破産し内服治療を中止したため再発した。1974年には3度目の入院が必要となった。1977年までModitenの内服を継続していたが、この薬により頭に霧がかかったような状態になったためHaldolへ変更された。私が初診したとき、彼には幻視と幻聴があり、常に人々から見られていると信じていた。彼はパラノイドで妄想的で、集中力と記憶力は低下していた。抑うつ症状にもずっと苦しんでいた。彼はLSDを何度も(60回程度)内服し、アルコールを多量に摂取していた。1979年までに回復をはじめたが、それでも混乱していて抑うつ的で、自分を表現できなかった。1979年4月、私は彼のナイアシンアミド摂取量を1日6000mgまで倍増させた。1990年にスーパーマーケットで出会ったとき、大学の教養学士の授与をうけ、夏の就職を楽しみにまっているとのことであった。

 

彼はタイムズ誌のコラムニストにインタビューを受けている。以下は彼についての記述である。

 

C.C.は1979年に統合失調症の診断を受けた。それまでの8年間彼は不調で4-5回入退院を繰り返していた。高校卒業後、彼は工学の学位取得を目指して大学進学した。しかしすぐにひどく抑うつ状態になり、不安がひどくなった。”私はコントロールできない感情に圧倒されて、しばしば教室で泣いていた。”私は長時間寝るようになった。大学の廊下でさえ居眠りするようになった。長期間不調と実際上の問題が続いた。大きな問題は、自分で何が問題であるか分からなかったことである。私はずっと”統合失調症である”と告げられなかった。彼が妻に幻聴について話したことで、妻は去っていった。周囲に見放されたたことについては、自分が何もできなかったためなので、もう許しています。C.C.は歯切れよく、しかし慎重な口調で話した。

最初の症状を発病後、加速度的に悪化していった。幻覚が酷くなった。椅子に座っていると、部屋中がぐるぐる回っているようだった。腕を見ると、肉がついていないように見えた。徐じょに彼の生活は崩壊していった。

友人はいなくなり、道具は手から滑り落ちた。”私はたった一人で家具のない家に残された”

そして彼らが彼を連れに来たとき、彼らは彼が冷蔵庫の後ろで足を抱えて丸くなっているのを見つけた。”彼の腕は火傷のキズで覆われていた”。病気を治すために、繰り返し火かき棒で自分に刻印していた。彼は病院へ収容され拘束服を着せられた。1978年に彼はビクトリアへ転居した。精神的・文化的に発展している新しい場所で再スタートをきるつもりであった。彼はホッファー医師を受診した。彼は病気であるが改善するだろうと告げられ安心した。それまで彼が言われていたことは”あなたはおかしい、狂っている、何かに取り付かれている”であったので。現在、彼は維持量の抗精神病薬の内服を継続中である。20年近い人生の時間を費やしてしまったが、彼は学校へ戻り、生化学の学士号をえるために勉強している。

Niacin(2000mg/3x per day), vitamin C(1000mg/day), vitamin B6(250mg/day), zinc sulfate(110mg/day), Valium(5mg/day).

 

病名(あるいは可能性のある病名)を告げ、見通しを説明することが大事ですね。