緩和照射について

広島県医師会速報 2026年5月5日号より引用

松浦 寛司先生
放射線治療には、完治・治癒を目的とし、体内に存在するがん細胞の完全消滅を目指す「根治的放射線治療」と、がんによる痛みなどの身体症状の緩和を目的とし、QOLの改善・維持に欠かせない「緩和的放射線治療」があり、早晩に症状出現が予想される病変への予防的な照射も、緩和的放射線治療の重要な役割である。緩和照射により、痛みの軽減や腫瘍出血の止血、脊髄圧迫などの症状緩和が期待できる。緩和照射についてはまだあまり知られていないが、広島市民病院の2025年診療実績では、放射線治療総患者数に占める緩和照射の割合は4割を超えている。緩和照射の中でも、骨転移が41%、脳転移が23%と多く、本日は骨転移と脳転移の緩和照射についてお伝えする。

骨転移の症状には疼痛・神経圧迫症状・骨折・高カルシウム血症などがあるが、放射線治療により、軽い副作用で短期間に疼痛緩和・消失が期待でき骨折のリスクが高い場合には骨折予防が可能となる。脊椎転移が増大し骨髄を圧迫する転移性骨髄圧迫は、圧迫された脊髄レベル以下に麻痺が生じるため、緊急照射の適応となる。骨転移の治療には、薬物療法・手術療法・放射線治療の3つがある。疼痛に対する緩和照射で、約7割が軽減、約3割が消失し、緩和効果は早ければ治療終了時、有効例の約半数では3週以内、大半で8週以内に得られ、重篤な副作用はほとんどない。また、照射後の疼痛再燃に対しては再照射の有効性が示されており、脊髄・消化管など耐容線量の問題で再照射が困難な場合を除き、再照射は積極的に検討されるべき治療法である。

骨転移以外の疼痛に対する緩和照射では、痛みを伴う切除不能膵癌で、原発巣に対する放射線療法や化学放射線療法により除痛効果が報告され、大腸がんで、疼痛・出血などの自覚症状、QOLの改善を目的とした放射線治療は有効であるとされている。
脳転移はがん患者の約10%が発症し、重篤な症状として意識障害、頭蓋内圧亢進による頭痛・嘔吐・視力障碍、巣(局所)症状の3つに大別される。脳転移が生じると、腫瘍という余分な体積が増えたことに加え、周囲の脳に腫れが生じて脳自体の堆積が増加することで頭蓋内圧が上昇し、頭痛・嘔吐・視力障碍が生じる。脳転移の治療は、抗がん治療として外科治療(腫瘍摘出術)・放射線治療(全脳照射・定位照射)・薬物療法(抗がん剤・分子標的薬・免疫チェックポイント阻害薬)、対症療法として薬物治療(ステロイドと浸透圧利尿薬を用いた脳浮腫に対する治療)・外科治療(シャント手術・ドレナージ手術)がある。放射線治療には、多数個の脳転移(5個以上)を対象として、画像に描出される病変と描出されない病変を同時に治療できる全脳照射と、早発或いは少数個の脳転移(4個以下)を対象として、画像に描出される病変のみを治療できる定位照射がある。さらに定位照射には、単回照射を行う定位手術的照射と、分割照射を行う定位放射線治療がある。

「がん救急」とは、がん自体あるいはがん治療に関連した病変により、容態が急激に増悪して救急処置が必要となる状態で、がんの浸潤や遠隔転移によって生じる事が多く、迅速かつ適切な診断と治療開始が必要である。腫瘍出血は、放射線治療医が行う「一般的ながん救急」であり、進行したがん患者の約10%に何等かの出血が認められ、緊急照射開始後24時間から48時間で止血効果が得られる。緊急照射による腫瘍出血の制御率は、消化管88.6%、泌尿器80%、頭頚部87.5%、呼吸器92.8%、四肢100%、婦人科100%と非常に高い。

転移性脊髄圧迫は、脊椎転移、髄内転移などによる脊髄の圧迫で、早期に圧迫を解除しなければ、脊髄内圧の上昇による血流障害、壊死による不可逆性の神経症状を生じ得る救急病態である。症状としては、運動障害、知覚障害、膀胱直翔障害があり、その前兆として頸部痛・背部痛・腰痛が現れる。骨転移か転移性脊髄圧迫の原因となる場合、日~週単位で亜急性に進行することが多いが、症状発現から数時間で麻痺が完成する場合もあり、治療のタイミングを逸すれば不可逆的な脊髄麻痺が生じるため、診断・治療の緊急性が高い。海外のガイドラインでは発症後24時間以内の治療開始が目安となり、臨床現場ではほとんどの症例で緊急照射が選択される。歩行可能な状態で治療開始したのか歩行不能な状態で治療開始したのか、その後の歩行機能と生命予後に関係するため、早期の治療開始が非常に重要である。治療開始が遅れる原因として、患者自身の症状の認知機不足や医療機関における診断の遅れが挙げられる。がん診療に関わる機会の少ない診療科の医師が、背部痛・しびれの原因として脊椎転移や転移性骨髄圧迫を鑑別診断の上位に挙げる事は極めて困難であるが、がんの既往がある患者ではそれらの可能性を考えなければならない。日本では転移性脊髄圧迫の認知度は低いため、患者症状に気づいたらすぐに受診できるよう、医師は、症状が疑われたらすぐに紹介できるよう、引き続き患者・医療従事者への啓発・教育を行い、転移性脊髄圧迫による下肢麻痺の撲滅運動を続けていきたい。