楽しんで学ぶ

「超訳 ニーチェの言葉」より

 たとえば、外国語を学んでまだ少ししか話せない人は、すでに外国語に通じて流ちょうな人よりも、外国語を話す機会をとてもうれしがるものだ。
こういうふうに楽しみというものは、いつも生半可の人の手にある。
外国語に限らず、やり始めた趣味は、いつも楽しくて仕方がないものだ。
けれども、そうであるからこそ、人は学ぶことができる。つまり、大人であっても、遊ぶ楽しさを通じて何かの達人になっていくのだ。